【季節の話題】12月25日 米国統治時代のクリスマス
戦後、米軍政府は軍政府指令第52号(1947年12月8日)において、12月25日のクリスマスを沖縄の公休日と定めました。
米国統治時代のクリスマスに関する資料を紹介します。
クリスマス用の提灯について 1945年12月10日「会議録 2 沖縄諮詢会 1945年08月~12月」より【RDAE000175】
1945年(昭和20)12月10日、米軍政府は、沖縄諮詢会に軍政府のクリスマス用の提灯が500個必要であるが、どれくらい作ることができるか質問しました。これに対して、諮詢会の當山委員は、石川で作ることができると回答し、提灯の作製を引き受けました。12日の会議では當間委員がサンプルを3パターン提出し、円形の提灯に決定しました。
沖縄人画家動員に関する民政府への指示 1946年9月14日
軍政府副長官・歩兵大佐ウイリアム・H・グレイグ発 沖縄民政府知事 志喜屋孝信あて
「対米国民政府往復文書 1946年 受領文書」より【RDAE006003】
1946年(昭和21)9月14日、米軍政府は、同年11月1日までに2万枚の手書きのクリスマスカードを作成する計画のため、カードを描ける画家を軍政府本部に参集させるよう沖縄民政府に指示をしました。
Cutting of Native Christmas Trees/クリスマストリ―の伐採について 1950年11月20日沖縄軍政官府副官・軍務隊大尉ルイス・P・オーア発 沖縄群島知事 平良辰雄あて
「対米国民政府往復文書 1951年 受領文書」より【RDAE006023】
沖縄軍政官府(宮古・八重山を統括していた南部琉球軍政府の出先機関)は、沖縄本島の乏しい山林資源を保護し、かつ沖縄の復林計画を援助するため、米軍人・軍属にクリスマスツリー用の木として島内の樹木を伐採、購入しないことなどを指示している旨、沖縄群島知事に通知しています。
「(0168-004) USCAR Annual Christmas Party, 1967. USCAR年次クリスマスパーティー」【U80800883B】
琉球列島米国民政府の毎年恒例のクリスマスパーティーの企画書です。
政府職員・従業員とその配偶者を対象に1967年(昭和42)12月22日の16時から18時までハーバービュークラブ(現在の沖縄ハーバービューホテル)にて開催されました。出席する従業員には1時間の休暇が与えられるとあります。また、パーティーチケットのデザイン案や当日の食事メニューなども綴られています。
クリスマス・ツリー点灯式 1958年12月17日【0000112305/11-34-4】
クリスマス前には、琉球政府行政府ビルに電飾したクリスマスツリーが設置されました。
USCAR庁舎屋根の上のクリスマス・ツリー【0000112305/11-35-3】
愛隣園孤児院で子供達のために開かれたクリスマスパーティー 日時不明【0000112315/17-08-3】